和田重次郎 年譜
※『オーロラに駆けるサムライ』谷 有二著 1995年 山と渓谷社 より引用
- 1875年(明治8)
- 愛媛県周桑郡小松町に生まれる。
- 1879年(明治12)4歳
- 松山に移住する。
- 1891年(明治24)16歳
- 松山を出奔。
- 1892年(明治25)17歳
- アメリカに密航。捕鯨船に売られて北氷洋で暮らす。
- 1894年(明治27)
- 日清戦争勃発。
- 1896年(明治29)21歳
- 秋、日本に一時帰国する。
- 1897年(明治30)22歳
- 北氷洋上に冒険を繰り広げる。
- 1903年(明治36)28歳
- アラスカ史上に有名な、タナナ・スタンピード*1を起こす。
- 1904年(明治37年)
- 日露戦争勃発。
- 1906年(明治39)31歳
- エスキモーのキングになる。
- 1907年(明治40)32歳
- ノームでマラソンの王者になる。
- 1908年(明治41)33歳
- カナダ極北部の旅で有名になる。
- 1909年(明治42)34歳
- フェアバンクスでマラソンの死闘を繰り広げる。
- 1910年(明治43)35歳
- アイディタロット・トレイル*2開拓の先駆者になる。
- 1911年(明治44)
- 日本の白瀬探検隊南極へ。
- 1912年(大正1)
- 日本、オリンピック大会へ初出場
- 1913年(大正2)38歳
- アメリカのタバスコ王、マキルヘニーと組む。
- 1914年(大正3)
- 第一次世界大戦勃発。この頃、「ワダ、スパイ説」が取り沙汰されて、しばらく行方不明になる。
- 1921年(大正10)46歳
- この頃、北極圏からマッケンジー河全流域を走り回る。
- 1924年(大正13)
- ノームにジフテリアが発生。
- 1931年(昭和6)56歳
- ワダの存在が日本にも知られるようになる。
- 1933年(昭和8)58歳
- 松山の母が死亡。日本は国際連盟を脱退する。
- 1937年(昭和12)62歳
- サンディエゴの病院で死亡。
- 1973年(昭和48)
- アイディタロッド国際犬橇レースが始まる。
- 1985年(昭和60)
- 和田重次郎の戸籍百十歳で抹消される。


